自分を表現する方法!また元に戻ってくる

2018/5/23えんが話(てつがく的な)

自分を表現する方法って固まっているようで固まってないように思う。

みんな自分を表現するためにどんな方法使うのかいつも模索してるんじゃないかな。

でも、いくら模索したとしても最後には結局自分の居心地の良い状態に戻ってくる。ぼくはいつもどんなふうに自分を表現しようか考えてる。

自己表現の種類

自己表現の模索とは具体的にどういうことなのか。それを自分を表現する方法から考えてみたい。

 

人の意思表現には視覚と聴覚を使う。

つまり、文字(かジェスチャー)と音

 

ほくはどちらかというと文字表現の方が好き。

文字だと、自分のペースで言葉を受け取れるし、表現の柔軟性に幅が生まれるから一つの物事をあらゆる方法で描写できる。

 

一方で、音、要するに声を出す表現になると、瞬時に相手に意思を伝えられるし、声の微調整で自分の感情を些細なところまで伝えられる。

でも、聞き手は話し相手のペースに合わせて聞くことになるし、話す人によっては、文章と比べて表現の幅が非常に狭くなり、日常で陳腐な言葉のルーティンしかしてないことに気がつく。

 

どっちもメリットがあるし、デメリットもあるから、うまいことメリットを取って表現方法を選びたい。

 

自己表現の模索の後には

どっちかというと、喋るのがあんまり好きじゃないぼくは、こうやって頭で考えて文章書いてる方が性に合ってるのかもしれない。

 

もちろん友達だったり家族といる時は口を使って話をするけど、

飲み会に行った時に話上手な人と話したり、TEDスピーチのような素晴らしいスピーチを見ていると、

ぼくもこんなふうに話し上手になりたいとかもっと説得力のある話をしたい、面白い話をしたいと思うことがたくさんあった。

 

だから上手なスピーチをする本を読んでみたり、ビデオを見てみたり、どんな風にすれば論理的な話ができるようになれるのかが書かれたビジネス本を読んでみたりしたことがたくさんある。

 

でもいくらスピーチを見て練習をしたりしても、もともと自分がスピーチが好きと言うわけでは無いから、やっぱり長くは続かない。

 

こういうものを考える時って、自分が好きなのか好きじゃないのかという感情から自分の表現手法を選ぶべき。

 

ぼくの場合は、声を出して表現することも楽しいと思うときはあるけど、

それよりも文章を使っていろいろなバリエーション豊かな表現方法でじっくりと頭で考えてから表現するのが好きだ。

いくら練習したって自分の居心地の良い状態に戻ってくる。

 

だから自己表現にはホメオスタシスがある。

 

ホメオスタシスは誰にでもある

ぼくにとっては、ガンガンとマシンガントークできる人ってすごいと思う。

 

そんな人たちはきっと、話すことが好きな人はぼくと違って、文章書く事はあんまり好きじゃない。

でも美しい文章を書きたいとか、もっとバリエーション豊かな表現をしてみたいと思って書くことの勉強をすることもあるんだろう。

 

それでもやっぱり、さっき挙げたぼくの例のように自己表現のホメオスタシスによって自分の居心地の良いと感じる「話して表現する」という方法に最後には戻ってくるんだ。

話すことが好きな人って、どこからエネルギーが湧いて来るんだろう。

別に皮肉を込めているんじゃなくて、純粋に。

 

文章だと皮肉なのかそうでないのか区別しづらいから、こういうのは話す表現の方がいいね。

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