別れのとき、寂しさの心の穴は開くばかりなんだろうか
- 2018.06.01
- えんが話
マレーシアに来てから1年が経っていろいろな国から来ている友達もできるようになったけど、今回そのうちの1人が大学を編入することになった。
友達の船出
その友達はパキスタン出身。
大学1年の時に課題を一緒のグループで四苦八苦しながらこなした。
その時に一緒に色々と試行錯誤したことで、ぐっと距離が近くなった。
大学1年の時から彼が他の大学に編入するかもしれない事は知っていたので、編入の話を聞いた時にはあまり驚かなかったけど、いざ実際に大学に編入することがわかると嬉しいやら悲しいやら寂しいやらの気持ちでいっぱい。
もちろん自分の望む大学に編入する事は本人にとってはものすごいチャンスだと思うし、ぼくにとっても嬉しい気持ちが大きい。
でもいざ別れが来るとなると、泣くまではいかないけれども、なんだか心が虚しいようなぽっかり穴が開いたようなそんな気持ちになる。
広い宇宙の狭い世界で
いつも人と出会うときには、全然悲しい気持ちや苦しい気持ちにならないのに、いやむしろ嬉しかったりするのに、どうして途端に簡単に会えなくなるともどかしい気持ちになるんだろう。
人との別れが訪れるとき、どうしても考えてしまうことがある。
それは、
ぼくたち人間をもっともっと広い視点から、
もっと高いところから眺めてみたとき。
当たり前のことだけど、ぼくらは広い広い宇宙の中、地球と言う惑星上の、そのまたごくごく限られた地域で生きている。
宇宙から見ればほんとに限られた範囲の中であるけれど、ぼくたち人間からしてみれば地球は一生かかってでも周りきれないくらい大きな世界。
そんなに大きな世界を生きてる中で、あるとき、ある瞬間にタイミングよく今ぼくの周りにいる人と会えたことは本当に奇跡だと思う。
その一瞬一瞬の奇跡を生きている中で出会えた人なのだから、別れのときに家の天井をぼーっと眺めてしまうようなぼーっと眺めていたいような気持ちになるのは仕方がないんだろうな。
これからの自分の人生でも、こういう
”人との奇跡の出会い”
は死ぬまでずっと大切にしていたい。
さて、今回はせっかくの友達の新しい船出なので、心からの祝福と応援をしよう。
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