あの世はあるのか。宗教思想と科学真理の交錯する世界を考察する

2018/5/6えんが話(てつがく的な)

マレーシアに来たばかりのときに、マルタ出身の男性とかなりワクワクする話をしてたので、ここに記しておくことにする。

でも、まだまだ思考が浅すぎるから改善したい。

ふとした日の大きな質問

タイ料理のお店でマルタ出身の男性と昼食を一緒にしていたとき、突然、「質問がある」とのこと。

 

何だろうと思い、聞いてみると、こんな質問だった。

 

「私はムスリム(イスラム教)で、

あの世は存在し神が私たちを創った、と信じている。

宗教を持たない日本人は、神の存在や、あの世を信じているのか。」

 

これは、宗教を、特に一神教の宗派に属している人なら誰もが思いつく疑問だ。実際に、マレーシアにいると、ぼくの宗教が何か聞かれることは多い。

日本人で宗教を持たない人でも、あの世を信じている人、信じていない人それぞれいると思う。

 

それは、人それぞれの考え方があるのでそのままでいい。

正しい考え方なんてものほど、曖昧なものはないから。

 

それこそ、つい70年ほど前まで、

自衛という名の人殺しは罪に問われなかったんだから。

 

質問の前提条件を問う

それらを踏まえて、ぼくの考えはどうかというと、

 

信じる信じない以前に、どうやったら「あの世は存在する」という答えを導き出せるだろう、ということを考えてしまう。

 

「あの人が言ったからそうなんだ」とか「本に書いてあるからそうなんだ」というのは全くもって理路整然としていない。

 

もちろん間接的な証明、

例えば「あの人の言ったことは正しかったから、他のことも正しいだろう」というのも思考停止してしまってる。

 

何か物事を捉えるには、それを説明できるだけの理由が必要。

 

「悪魔の証明」で、「ない」ことを証明するのは、

宇宙全体において「ない」ことを証明しなければならないため、

とてつもなく難しいことだけど、

 

あくまで一個人の意見として考えてほしい。

 

真理の組み合わせという考え

科学的に考えたとき、

宇宙が誕生し、地球が作られ、その近くに太陽光という「地球におけるあらゆるエネルギーの源」がある。

その太陽光が地球に届くことで、地球上の原子が刺激され、化学反応を起こし、多種多様な生命が生まれることになった。

 

このことをもっと深掘りすると

「『化学反応』というこの世の仕組みがあったから、生命が誕生した」

ということ。

 

つまり、「1+1=2」というような、

絶対不変であるこの世の真理が存在し、

それに従った結果、”必然的に”生命が誕生したのではないかと思う。

 

ここで、化学反応は真理の一例で、他にも重力や原子、エネルギーの存在なども真理となる。

 

これを、パズルを例に挙げて説明すると、

一つひとつのパズルピースは、そのままでは何の意味もなさない。

でも、すべてのピースを組み合わせたとき、一つの作品が完成する。

 

ここでパズルピースを真理とすれば、

真理と真理の組み合わせで、今まで無かった新たな真理が誕生する、ということ。

 

このパズルピースのように、この世は一つひとつの真理が複雑に組み合わさってできている。

 

宇宙の仕組みと「神」の捉え方

この考え方でいくと、

地球があるのも、生命体がいるのも、

ただただ真理によって形作られた

 

「宇宙の仕組み」に従った結果である

 

ということになる。

 

このように宇宙が徹底的に真理に基づいて形作られているのであれば、

 

仮に神様が存在するとして

「神様が私たちを創った」というのは誤りで

「神様が創った世界の理に従った結果、私たちが誕生した」

と考えるのが正しいんじゃないだろうか。

 

であれば、それに対して問うべきは

「あの世があるかないか」ではなく

「どのようにして宇宙の仕組みができたのか」

ということ。

 

そもそも、

ぼくたちが漠然と抱いている「あの世」という概念自体、

宇宙全体でいうところの“別次元”の世界のことを言っているだけで、

 

スピリチュアルでも何でもない、

ただ純粋に真理に従って構成されている世界なんだと思う。

 

 

そうすると「神」という存在は、

ぼくたちの宇宙とは全くの別次元に存在する生命体

もしくは存在する概念そのものなんじゃないかと思えてくる。

 

宇宙の仕組みは人間に通じる

ここまで来ると、次に浮かんでくるのは

「宇宙の仕組みはどうやって誕生したのか」という疑問。

 

このレベルの、物事の根源を問うような途方もない質問に対しては、考えれば考えるほど謎が浮かんできて、終わりが見えないし、どのようにして調べたら良いのか、見当もつかない。

 

 

ただ、そうした問いを考えるときにふと思ったのが、

 

「ぼくたち人間は、宇宙の循環システムの中の一部でしかない」

 

んじゃないかということ。

もちろんこれは、すべての生き物に当てはまる。

 

進化という流れの中で、そこに”意識”が生まれ、

人間一人ひとりが自分で考えて動き出すようになっただけなんじゃないだろうか…

 

真実の中の真理

ぼく個人としての考えは、今まで述べたとおりになる。

 

「神やあの世は存在するのか」という問いに対して、

「あの世」というのは宇宙のシステムに従った「別次元の世界」のこと。

 

そして、

「神」というのは、その別世界に適応した「何らかの存在」のこと。

 

なにはともあれ、何が真実なのかは、その人次第。

 

「あの世を信じる者にとっては、あの世は存在するし、

信じない者にとっては、存在しない」

 

こう考えると、

人間それぞれが真実という名の真理を持っているということになり、

 

人間という存在自体が一つの宇宙

 

だとも思えてくるから、なんだか面白い。

 

 

まだまだ世界構造に関する話は奥が深そうだ。

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